それを「絲しや」と呼ぶ。

もちろん語源は「いとしい」「いとおしい」です。

モチーフは銘仙。

十日町に戻ってしばらく経った頃なのですが、「もっと僕らの年代で、ポップでかわいいきものを着たい人もいるはず。」と思い込んで作りました。

その頃はまだインターネットがようやく一般に広まったころ。
amiちゃんと居内くんと制作過程をネットにアップさせながらのプロジェクトでした。

初めてこれをつくったの20年近くも前になったと思うと驚きます。

十日町の絣技術で十分に制作可能でしたが、上州各産地での歴史や制作過程を随分、研究したことを思い出します。
アンティークきものの流行やインターネットの発達で様々な情報がありますが、あの頃は調べても「なんにもわからん」みたいな感じでした。実用きものの宿命であるのかもしれません。
大店の奥さんや上位軍人の奥さん(何かの小説で乃木大将の奥さんが銘仙を着ていたとか書いてあった)が着たものを女中に払い下げ、その後は娘に、そしてハタキに。

よく聞く話ですがそんな身分の上下を問わず、愛され続けた布につける名前としての「いとしい」→「絲しや」であったかなと。
これは私見なのですが、大正に入って銘仙は解し織りの技術を使い表現力を飛躍的に増やします。

あの自由で華やかなデザインは日露戦争で強国ロシアに勝った後、日本にもたらされた自由と解放によるものなのだろうと思うのです。

​大正ロマンと同じ流れの中で作り出された自由が産んだ織物なのだろうと。
真綿の糸を使ったり、オリジナルの銘仙に似せて片撚りの糸を使ってみたり、ずいぶんいろいろな柄と素材があります。

ぜひ、物産展で一反、一反を手にとっていただけれるととても嬉しいです。

「絲しやプロジェクト」で初めにつくったのはこの葡萄柄。仕立て上がっていた羽織を参考にして型を起こして作りました。経糸は21中6本の片撚りだったかと。

てろんとしてやわらく艶のある風合いになりました。
​あの時はネット予約で作って50反くらいが完売。この糸使いではその後作ることがなかったのですが、気に入って一反残しておいたもの。

染織工房きはだや
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